磨き抜かれた近視
一九九八年に新GCPが決められ、日本でも海外に通用する臨床研究をするための基準作りが整えられた。
ボス的存在の教授が仕切っていたのが実情だった。
ところが、一九九八年の新GCPにより、治験責任医師ということに変わり、学閥的な要素を排除した。
さらに、治験をスムーズに運営するために治験コーディネーターを設置するようにした。
その他にも秘密保持、被験者に対する予測される不利益の説明、つまり、新薬を飲むことによってどんな副作用が出るのかなどを詳しく説明しなければいけなくなった。
しかし、その基準が厳しくなればなるほど、臨床研究がしにくくなっているのが現状である。
以前であれば、臨床データを作る医者に金銭的なメリットが大きかったので、医者はむしろ率先して調査に協力していた。
ところが新GCPができてからは、その手続きが面倒なこと、それを行う医者の評価があまりに低く見られること、また協力する患者側のメリットもはっきりしないことなどがあり、日本では新薬あるいは新薬販売後の大規模な調査が非常にやりにくくなっているのが実際のところである。
他にも問題はある。
たとえば、臨床の現場で、新GCPにもとづいた調査研究が行われていたとしよう。
そうすると、他に治療薬があるにもかかわらず、調査の必要上敢えて新薬を処方することになる。
その際、「もしかするとまったく効果のない偽薬が処方される可能性もある」と事前に患者に説明する)とになるのだが、患者がそんな新薬治験に参加するとは思えない。
あまりにも患者にメリットが少ないからだ。
他に治療薬がないようながんなどの病気であれば、患者にメリットも生まれるはずだが、現在の日本のように皆保険制度で医療を安く受けられる状況では、敢えてリスクを冒して新薬治験に参加するメリットはゼロに等しく、患者のボランティア精神に頼るしかなくなってしまうのだ。
そのために、相変わらず日本では大規模な調査がしにくい。
結果として、日本の臨床データの信遍性に問題が残ったままである。
だからこそ治療の選択は暖昧なまま行われているのだ。
それが実態である。
いまやダイエットは健康食品産業でも重要な意味を持っている。
医学会でもいまさらのようにメタポリックシンドロームという言葉を使い、いかにダイエットするか懸命になっている。
ひとつの基準値を示すことは、ひとつのマーケットを作り出すことに他ならない・医学的な基準値が設けられることによって、製薬会社が新薬開発を行う目標が生まれ、それを研究する医者は国などから研究費を受けやすくなる。
一般に医学研究者は自分が研究している病気は今後増えると言いたがるものだ。
基準値が重要視される風潮ができあがれば、自分の発言のチャンスも増えるし、学会のなかでも注目を浴びるようになる。
ここで肥満というものの意味をもう一度考えてみる。
アメリカでは一九八○年以来、大人の肥満の数は二倍になった。
肥満が糖尿病、脳卒中、心筋梗塞などの危険因子であることは、医学的な常識のようになっている。
ところが、一九八○年以降、糖尿病の死亡数は微増しているが、心筋梗塞、脳卒中による死亡数は減ってきている。
しかし、実際問題として、肥満の人がBMIの基準値まで体重を下げることは不可能に近い。
値にいかに近づけるかを目標としている。
BMIは体格指数のことで、肥満度を判定する指数として参照される。
体重を身長の二乗で割って求められ、二○、二五が通常、三○以上は高度な肥満と考えられている。
肥満への過剰な反応を批判的に見ているシカゴ大学の政治学者Jは、肥満の大規模な調査を比較検討し、太り気味の大人が早死にするリスクは、標準体重の人より低くなると指摘している。
さらにアメリカ病院予防局の上席研究員のFは一九八八年から二○○○年までのデータで検討し、高度の肥満でも、統計的に優位な死亡リスクにはならないとしている。
それでも一般的には、肥満は危険だという声は消えない。
その原因は新聞、雑誌、テレビなどメディアの影響が大きい。
二○○五年におけるアメリカでの肥満に関係する新聞記事の数は、二○○○年に比べて五倍以上になっている。
こういった傾向は日本でも見受けられる。
肥満の危険を訴えることで、ダイエット食品は売れ、ダイエットに関係するテレビ番組の視聴率は上がる。
そこには真実をどう考えるのかではなく、肥満は危険だという意見を鵜呑みにしてしまう大衆がいる。
アメリカの最新のデータ解析でも、高度肥満であっても死亡率の増加には関係しないと考えられている。
こういったみんなが信じている概念を否定する研究は、日本ではさらに受け入れられにくい。
肥満は健康とは関係ないというような論文を書いても、製薬会社、肥満を研究する医者、ダイエット食品を作る会社などにとっては、なんのメリットもないからだ。
はっきりしたリスクが象徴的にあったほうが、病気に対して対策も立てやすく、メーカーも健康食品を売りやすい。
「高血圧だと脳卒中になる」「肥満が糖尿病の原因」というようなわかりやすいリスクの因果関係は、健康食品メーカーの販売促進をサポートする効果日本でも脳卒中や心臓による死亡率は減少傾向だが、糖尿病による死亡率は増加している。
ここで問題なのは、糖尿病自体で死亡することは少なくなっているが、その合併症である腎不全、神経炎などが死因につながっているということだ。
日本ではアメリカのような単純な肥満という見方をしていない。
たとえば、日本ではCTなどの検査によって、ウェストが太い人にも二つの種類があり、皮下脂肪の多い人と、内臓の周囲に脂肪の多い人がいることが明らかになった。
そして、皮下脂肪ではなく内臓脂肪(隠れ肥満)が、多くの病気の危険因子だと考える人もいるようだ。
だから肥満というものを死亡率だけで論じることはおかしいということも言える。
だが、CTによる内臓肥満の研究は、まだまだ限られたものであって、大規模な調査ができないこともあり、統計学的な精度からいうと、隠れ肥満という考え方も、まだスタンダードなものではない。
少なくとも単なるBMIによって肥満を分類し、それと病気との関係を論じて「肥満は危険な状態である」というロジックは、すでに遅れた議論となってきた。
まるで当たり前のように「肥満は万病の原因だ」と思いこんでいる。
だが、そうした通説は実際には何を根拠に言っているのか、その根拠はどこまで統計的に正しいのか、根底から問いなおす必要があり、医学的な常識こそ疑ってかかるべきではないだろうか。
私たちは、テレビや雑誌の報道によって、病気と肥満のような状態が非常に関係の深いものだと頭の中にたたき込まれてきている。
しかし、肥満が万病のもとという考え方で、もっとも得をするのは誰か考えてみればいい。
ダイエット食品を作る会社であり、肥満の医学研究をする研究者であり(彼らは多額の研究費を得ることもできるだろう)、ダイエットをするためのスポーツジムであり、さらには、怪しげなダイエット方法をウリにする本であったりする。
ある病気が治るとか、からだにいいという)との一異側には、それに関係するあらゆる産業が潤うという社会構造が存在するのだ。
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